ひとりごと
2020/05/17
お花のかけっこ
こんな拙いつぶやきだけれども、見てくださる方もいらっしゃるようで、忙しさにかまけて更新せずにいたことを懺悔した一日だった。自粛生活が続いており、本山勤めもめっきり減り、日中はもっぱら子どもたちの相手だ。学校から送られてくる課題に付き添い、終われば下の娘と境内で縄跳びをしたり自転車をこいだりしている。
「悟りとは赤ん坊の心ですよ」
昔、大学院で学んでいた時、指導教官から言われた言葉である。
当時は、「またそんな教科書通りのこと言って」なんて思っていた。
子どもが気持ちよさそうに、自転車をこいでいる。それを迎えるかのように、桜の花びらがはらはらと舞っていく。
花びらに気を取られたのか、彼女は自転車を置き、静かに着地した花びらを拾い、そして彼女は全力でジャンプしながら、花びらを上空へ飛ばした。
「お花がまた生き返ったよ」
そして傍らでは、風に吹かれて、渦巻のように花びらの集団がグルグル回転している。
そして彼女はまた言った。
「お花がかけっこしているね」
大人には決して考えつかない言葉である。
はらはらと風に舞う花びらを1つの命としてしっかり考え、見たままの光景をそのまま心に映し出す。私のように、何事も自分の色眼鏡で考えることなく、「あー、掃除が大変だな」などと思うこともなく、これが悟りの心なのだと思った、ある春の出来事であった。
風に身を任せてはらはらと散っていく桜の花びら。ご縁に身を任せて散っていく花びら。
新型コロナウイルスと最前線で戦っている方々に迷惑をかけないためにも、ご縁に身を任せて、今は自粛生活をしていこう。
2019/03/23
豆腐のごとく
3月もあと1週間ほどで終わり。今は卒業シーズン。来月になれば入学、入社と出会いのシーズン。
環境が変わり、最初は戸惑う人も多いと思います。
人それぞれ好きな物、嫌いなものがあるかと思いますが、私は豆腐が大好きです。毎日食べても飽きません。
安いものは3個パックで6、70円で売っておりますが、単に安いから食べるのではありません。
それはどんな料理にするにしてもおいしいからです。
荻原井泉水に「豆腐」という随筆があります。
豆腐ほど好く出来た漢はあるまい。彼は一見、佛頂面をしているけれども、決してカンカン頭の木念人ではなく、軟かさの点では申し分がない。
しかも、身を崩さぬだけの締まりはもっている。煮ても焼いても、食えぬ奴という言葉とは反対に、煮てもよろしく、焼いてもよろしく、汁にしても、あんをかけても、又は沸きたぎる油で揚げても、寒天の空に凍らしても、それぞれの味を出すのだから面白い。
また、豆腐ほど相手を嫌ばぬ者はない。チリの鍋に入っては鯛と同座して恥ぢない。スキの鍋に入っては鶏と相交って相和する。
ノッペイ汁としては大根や芋と好き友人であり、更におでんにおいてはコンニャクや竹輪と協調を保つ。
されば正月の重詰めの中にも顔を出すし、佛事のお皿にも一役を承らずには居ない。彼は実に融通がきく、自然に凡てに順応する。蓋し、彼が偏執的なる小我を持たずして、言わば無我の境地に到り得て居るからである。
金剛経に「應無所住而生其心」=應に住する所無くして而も其の心を生ずべしとある。これが自分の境地だと腰を据えておさまる心がなくして、与えられたる所に従って生き、しかもあるがままの時に即して振舞う。此の自然にして自由なるものの姿、これが豆腐なのである。
いかがでしょうか。
環境が変わり、「こんなはずではなかった」「何であの人、あんなことを言うんだろう」などと迷いの原因を外に向ける前に、まず自分の足元を見つめ直してみてはいかがでしょうか。
煮ても焼いても、油で揚げても、自分の我が出さずに、相手と上手に調和しながら、自分の味も出し、相手の味も出していく。
そして場所を限定せずに、至るところで力を発揮する。
そんな豆腐のような心を持ちたいものです。
2018/11/29
みんな観音さま
「衆生本来仏なり」あるいは「みんな観音さま」と言うけれど、いまいち信じられない方へ、心温まるお話をご紹介します。これは布教師の先輩からいただいたお話で、その先輩もある和尚様からお聞きしたお話のようです。
以下、ご紹介します。
長い間入院していたご主人が、退院して自宅療養をしていた。
奥様は和尚に言った。
「これ以上入院しても治る見込みはないので、自宅で過ごさせてあげるようにと、退院を勧められました。いつも暗い表情で、壁を見つめたままじっとしています。私には何もしてあげられないのが残念です」
それを聞いた和尚は、奉書に『延命十句観音経』を書いて奥様に渡した。
「古くから大変なご利益があると言われているお経です。ベッドの前の壁に貼っておいて、気が向いたら唱えてみてください」
翌日お目にかかると、二人ともすっかり表情が明るくなっていた。奥様は笑顔で言われた。
「二人でいつも『延命十句観音経』を唱えています。唱えると心がやすまります。主人も気持ちが楽になったようで、表情も明るくなりました。これなら本当に、素晴らしいご利益があるかもしれませんね」
しかし半年後、ご主人は帰らぬ人となった。あまりに突然の出来事であった。
訃報を聞いたとき、和尚はお二人に対して申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。『延命十句観音経』のご利益で病気が快復するという奇跡は起こらなかったからだ。
ところが奥様は、こうおっしゃった。
「亡くなる数日前、主人がこんなことを言いました。[このお経を唱えたら観音さまが遠くからやって来て助けてくださるのかと思っていたが、そんなことはなかった。一番近くにいる、お前が観音さまだった。今まで気づかずに、自分のことばかり考えていた。もう十分に助けてもらったよ。本当にありがとう。]主人は手を合わせながらそう言ってくれました。過去には[この人のためにこんな大変な思いを・・・]と思ったこともありましたが、長い介護の苦労やつらかったことが、スーッと胸から消えていく気がしました。そのときの私には、目の前で手を合わせてくれている主人こそが、観音さまに見えたのです。その後、病状が急変してからも、二人とも心安らかに最期の時を迎えることができました。
幼い頃、亡くなった祖母から「『延命十句観音経』を唱えられるようになりなさい。観音さまがいらっしゃいますよ」と言われた。
でもそれは、観音さまが目の前にいらっしゃるのではなくて、自分の中の観音さまの心が目覚めるということでした。35年経ってようやくわかりました。
お話に出てくる奥様も、(介護のつらさは言うまでもないけれど)ご主人のお言葉で心のしこりがスーッとほどけていったその心境。ほどけた→ほとけた→ほとけになった。元々奥様に具わっていた仏さま(観音さま)の心に立ち返ることができたのだと思います。
思いどおりにならないことに腹を立てては愚痴を言い、愚痴を言っては腹を立ててる私。
この世は自分の思うようにはならないのだと気づいた今、これからも『延命十句観音経』を唱えて、少しでも心安らかに過ごしていきたいと思います。
2018/09/22
留まらない
お釈迦さまの印象というと、「やさしい」「崇高な」、そんなイメージである。しかし、お釈迦さまのお言葉を読んでいると、そんなイメージを覆すものがたくさんある。
例えば、
「汝(なんじ)の生涯は終わりに近づいた。汝は閻魔王の近くにおもむいた。汝には、みちすがら休らう宿もなく、旅の資糧(かて)も存在しない」
「頭髪が白くなったからとて長老なのではない。ただ年をとっただけならば、”むなしく老いぼれた人”と言われる」
「人の快楽ははびこるもので、また愛執で潤される。実に人々は歓楽にふけり、楽しみを求めて、生れと老衰を受ける」
『ブッダの真理のことば』中村元訳、岩波文庫より
実に辛辣かつ、物事の道理を的確に言い得ていらっしゃる。
中でも、女性に対してどのように対応すべきであるか、弟子のアーナンダの質問に対する回答に思わず笑ってしまった。
「見るな。見てしまったときは話しかけるな。話しかけてしまったときには、つつしんでいなさい」
昔のインドでも托鉢などで女性を見ることもあろうし、当然きれいな女性が歩いていたら目に入るのは至極当然であろう。
私の修行時代に托鉢に出かけた時、一列に並んで歩いているのだが、女性とすれ違うと、かぶっている網代笠(あじろがさ)が前から順に笠が女性を追っていくという出来事がよくあったけれど、お釈迦さまがいらっしゃったら激しく叱責されていたであろう。
見るなと言われても、やはり目に入ってしまう。話しかけることはまずないが、話しかけられたらつつしんでいられるだろうか。
幕末明治に生きた禅僧の原坦山(たんざん)。彼は東京帝国大学の講師としても仏典を講じた傑僧でもあった。彼の若い時代の話がある。
坦山が、戒律を厳しく守る親友の僧と二人で、全国に善き師を求めて旅に出た時のこと。
橋のない川に出くわし、そこを渡りかねて困っている若い女性を、坦山はためらうこともなく抱えて向こう岸まで渡してあげた。
それを見ていた戒律を厳しく守る同輩は怪訝(けげん)そうな表情。しばらくすると同輩は坦山のことを「お前の行為は破戒だ」と罵った。出家の身でありながら、女性を抱えたからである。
しかし坦山は涼しい顔をして、「俺はもう女性を下(おろ)したけれど、まだお前は女性を抱えているのか」
というエピソードである。
坦山が女性を向こう岸まで渡してあげて、「あー、いい女性だったな」と余韻にふけっているようであれば、それこそ執着(しゅうじゃく)である。しかし心に痕跡を残さない、心を留め置かない、これが大切なこと。
戒律を厳しく守るのは結構だけれど、心を留め置くことで、同輩は執着にがんじがらめに縛られている。
自分にとっていいことがあっても、そこに留まってしまえば有頂天になる。
逆に悪いことがあっても、そこに留まってしまえば、人は失意のどん底から抜け出せない。
過ぎ去ったことを追うことなかれ。
心を留めず、今なすべきことを熱心に成していく。
お釈迦さまの「つつしんでいなさい」とは、そういうことではなかろうか。
2018/09/07
実践
去る9月4日、東京は多摩永山情報教育センターへ行ってきた。4月に軽井沢で研修をした「若竹塾」の出発式があったのだ。
若竹塾とは、美容師の中でも一流のリーダーになるための教育機関で、父の代から坐禅研修に携わらせていただいている。
約1年半、歴史や偉人からその生き方を学び、講師の話を聞いて、一流のリーダーになるための研修を積み重ねていく。
出発式とは、いわば1年半の集大成の場で、言い換えると「卒塾式」であるが、今までの研修の成果を発表し、これからの人生へ羽ばたいていく「出発」の場でもある。
講師陣は志ネットワーク代表の上甲晃先生、松下政経塾所長の金子一也先生など、まさに一流の先生方。
講師の先生方のお話はどれも素晴らしかったが、とりわけ上甲先生のお話には感心させられた。わかりやすく、こちらが考える時間もあり、心に直接響いてくる。
「魅力ある人間に」「実践が大切」「思いやりのある人間に」
中でも実践の大切さは言うまでもない。
どんなに勉強しても、それを実際の生活に生かさなければ意味がない。専門道場で修行をして自分のお寺へ戻ったら、その専門道場での経験を、今度は実際の生活に生かさなければいけないのだ。
専門道場では坐禅三昧の日々。しかし実際の生活で一日中坐禅しているわけにはいかない。専門道場で培った「今、ここ」を大切に、檀信徒の教化、境内・伽藍の整備などに努めていかなくてはいけない。
昔、後輩が専門道場から実家の寺へ戻った時、専門道場の生活と同じように朝のお勤めの後坐禅をしていたら、奥さんから、
「そんなところに座っていないで、こっちを手伝って!」と言われた笑い話があるが、環境も立場も違うので同じ生活はできない。
「専門道場での生活は陰の修行です。お寺へ戻ったら、その陰の修行が役に立ちます。それを土台に今後は実際の生活という陽の修行に励んでください」
専門道場の師家(修行僧を指導する僧侶)に言われたことを思い出す。
経験してきたことを、実際の生活に生かす。
悲しい経験をしたら、同じ境遇の方を慰めることができる。
辛い経験をしたら、同じ境遇の方を励ますことができる。
経験に無駄なものは何一つない。
私が私になるために
人生の失敗も必要でした
無駄な苦心も 骨折りも 悲しみも
みんな 必要でした
私が私になれた今
すべて あなたのおかげです
恩人たちに手を合わせ
ありがとうございますと
ひとりごと
をさはるみさんの「ひとりごと」である。
私が私になる。私が本当のわたしに成る。ほとけに成る。成仏。
色々な経験をしたからこそ、私の価値観、執着、分別心がほどけていった。心のしこりがほどけていった。ほとけとなった。ほどける⇒ほとけ。
私の中に「わたし」がある。「ほとけ」があった。
様々な経験を通して、「ほとけ」のこころに立ち返りたいものである。
経験したことを実践する。今年もあと4か月を切ったが、目標としよう。
2018/08/05
忙しいけれど
6月と7月は忙しかった。「大丈夫かな?」と思いつつ、予定を書き込む自分。
気が付いてみると、6月1日から7月23日まで1日中お寺にいるということがなかった。
「ブログ見てますよ〜」と言われるたび、「更新していなくてすみません」と謝ること数回。
お盆の付け届けを持ってこられるお檀家にも、
「良かった〜、和尚さんがいらっしゃって」
「・・・・・・」
何を慌ただしくしているのかわからないけれど、でもいざ1日中お寺にいても、「さて、何をしようか」と考え込む始末。
明日から12日までの8日間で5回の施餓鬼会法話。
あるお寺さんからは、
「お檀家の親戚が北海道から聞きに来るからね〜」と。
忙しいというのは、「心が亡くなること」。
慌ただしいのは、「心が荒れていること」。
「俺は忙しい」「慌ただしかった」などと言うのは、自分で自分の心が亡くなっている、荒れていると宣言しているようなものだ。
もう忙しいとか慌ただしいなど使うのはやめよう。
禅の教えは、「いま、ここ、自分」ではなかったか。
やりたいことよりも、やるべきことを熱心にやっていこう。
自分が「いま、ここ」に徹することで、自分を救い、他をも救うことができるのではなかろうか。
自分が光ることによって、他を光らせることができる。
ならば、暑い中お参りに来られる方に、もっともっと光っていただけるように、私も一層努めて参りたい。
2018/08/03
合掌
先月末、部内寺院の施餓鬼会出頭の後、一度帰ってから大急ぎでお通夜へ行く支度をしていると、インターホンが鳴った。「〇〇新聞です。今月の集金に参りました」
出かける時の来客、うどんやそばを食べているときの来客や電話。イラっとするときはないだろうか。
「ハイ!どうぞ!」と大声で返答すると、外国人風の男性がお辞儀をしながら入ってきた。
支払いを済ませてから私は尋ねた。
「どこの国の方ですか?」
すると彼は
「ミャンマーです」と言いながら、胸の前できれいに手を合わせるではないか。そのしぐさの自然なこと、美しさといったら何とも表現のしようがなかった。
某お仏壇の会社のCMで、
「おててのしわとしわを合わせてナ〜ム〜」というものがあった。
いったい合掌とは、手を合わせて帰依(きえ、お任せする、南無)することだけれども、自分は何に帰依をしているのか。
法衣を身にまといながらも、「何でこんなときに来るんだよ」と環境に左右され、環境に振り回されている自分。
昔、修行していた頃は、していただいたことに対して、すぐさま合掌をしていた。
コンビニでおつりをいただくときも合掌をして笑われたこともあったけれど、ごく自然に「おててとおててを合わせていた」。
古い道歌に、
「右ほとけ左衆生と合わす手の中にゆかしき南無のひと声」
とあるけれど、仏の存在を見失っていたことを恥じるばかりである。
今一度、手を合わせて「南無」と念じて、忘れていた自分の中の仏のこころを呼び戻して、「南無」のこころそのままにその場の環境にお任せして、忙しくともこころ穏やかに過ごしていきたい。